塩狩峠

Daisaku on Feb 28th 2009

旭川を出て30分。ディーゼルエンジンの音は徐々に低く、唸るように響き始めた。車窓の左右に林が迫ってくる。稚内行きの特急列車は、石狩と天塩を隔てる塩狩峠に差しかかっていた。
100年前の今日、1909年(明治42年)2月28日夜。名寄を発ち、旭川に向かっていた上り旅客列車は、塩狩峠の分水嶺で非常事態に遭遇する。最後尾の客車の連結が外れ、峠を逆行して下り始めたのである。乗客としてこの車両に乗っていた鐵道院の職員が気づき、手ブレーキを操作して暴進を防ごうとするが叶わない。刻一刻と加速してゆく客車を止めるため、遂に彼は自ら線路に身を投じ、乗客の命を救うことを決意する―。

彼の信仰や、鉄道員としての使命感が、どれほどの影響を与えたかはわからない。しかし乗客全員を悲劇から救った献身の精神は、いまも多くの人の胸を打つ。乳白色に傾き始めた午後の光がほのかに明るく照らす中、ディーゼル特急は峠を下りはじめていた。エンジン音が力強さを取り戻し、列車はスピードを上げていった。

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2 件のコメント »


Comments

  1. こういう写真を見ていると、季節にも表情があることに改めて気づきます。
    雪原を照らすほのかな光は、ノルーウェイの画家ムンクが描く太陽のようです。
    北国の冬の光なんですね。

    コメント by Tsu-bu — 09年 03月 3日 @ 12:03 AM

  2. ムンクは、孤独で不安な心を感じさせる作品だけでなく、明るい光をモチーフにした作品を残していますね。ともに作家の内面にあったのでしょうが、きっと北欧の光線や環境にも理由があるのでしょう。

    雪の中の柔らかい光には、不思議な暖かさと冷たさを感じます。

    コメント by Daisaku — 09年 03月 3日 @ 11:25 PM

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