Okhotsk
Daisaku on Mar 3rd 2009

海だ。生まれて初めて目にしたオホーツクの海。静かに本当に静かに、波が打ち寄せては返す北の冬の海。紋別郡興部(おこっぺ)町、午後5時12分。
稚内行き特急列車を名寄で降り、天北峠を越え湧別、興部へ。かつての名寄本線を辿って走るバスは少し遅れ、興部駅跡のバスターミナルに着いたのは陽も暮れたあと。どうしても今日の海を、初めてのオホーツク海を見たかった僕は、人影もない通りを歩き始めた。風はなく、寒さは耐えられないほどではないが、街を離れたら街灯もまばらになる。暗い雪道とアイスバーンに、小型のマグライト一本では心許ない。しばらくするとタクシーの行灯が見えた。さっそく捕まえて運転手に意図を伝えると、漁港の外れへと車を走らせてくれた。

道端に吹き溜まりのようになった雪に足を取られながら、砂浜の頂上に出る。浜を白く覆う雪。ごく淡く、ようやくそれとわかる水平線の上に、防波堤の突端を示す赤い光が頼りなく灯る。流氷は見えない。しかしこの青い海岸の、深く静かな美しさはなんだ。衝かれたように波打ち際へ、浅瀬へと歩く。遠く見える明かりは港か集落か、岬の先に水平線はすでに判然とせず、空と海の境界は極めてあいまいにぼやけていた。青と黒のグラデーションに染められた世界をさまようように歩く。やがて防水のスノーブーツを洗いつづける波が、芯まで凍る北海の冷たさを伝えて我に帰った。砂浜のスロープをゆっくりと辿って、歩いてきた方角へと戻る。辺りはすっかり夜の帳が降り、漆黒の闇の先に海は見えない。かすかな波の音すら、もう聞こえてはこなかった。