Daisaku on 5 月 9th 2009

ご報告がひとあし遅くなりましたが、SICFでの写真展は会期を終了いたしました。連休のさなか、本当に多数の方にご来場いただけたことに心より感謝申し上げます。とにかく熱心に見てくださった方が多く、いただいた感想のひとつひとつが私の創作活動の糧となります。ありがとうございました。
「光のシークエンス」は、私にとって新しい起点となるシリーズです。内容に一層の磨きをかけ展示方法を洗練させ、スケールを拡大して発表を続けていきたいと考えています。今回ご来場いただいた方もお越しいただけなかった方も、ぜひ今後の展開を楽しみにお待ちいただければと思います。よろしくお願いいたします。
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Daisaku on Apr 19th 2009

久しぶりの更新となりました。新しい季節へ向けて、お知らせがふたつ。
東京、青山のスパイラルで毎年開かれるアート・イベント、SICF(スパイラル・インディペンデント・クリエーターズ・フェスティバル)。さまざまな分野で活動するクリエーターが参加するこの楽しいイベントに、このたび参加が決まりました。
参加者はそれぞれのブースで趣向を凝らし作品をプレゼンテーションすることになります。わずかに2日間、そして個展というにはあまりにも小さなスペースですが、大洲大作の作品世界…そのトーンと新しい展開を体感していただけるように、アイデアを練っています。写真作家としての再スタートはベルリンから始まりましたが、日本では数年ぶりとなる今回の写真展にて、ひとりでも多くの方と出会えること、そして皆さんに楽しんでいただけることを願っています。どうぞお気軽にご来場ください。
Daisaku Oozu camera obscura
Sequences of Light
大 洲 大 作 写 真 展 光 の シ ー ク エ ン ス
2009年5月4日(月・祝)11:00〜20:00
5月5日(火・祝)11:00〜19:00
スパイラルホール(スパイラル3F)
第10回 SICF内 B39ブース

年初に作品の掲載をお知らせしたドイツのアート誌 “Schöngeist” を、日本でも買えるようになりました。
ドイツ語教育、ドイツ文学書籍を中心に出版と流通を手がける東京の老舗、郁文堂さんが取り次ぎを行ってくれることになったもので、私の作品が表紙を飾っている Ausgabe 19(2008年冬号)も取り寄せが可能です。 “Schöngeist” は「芸術/生/思考のための雑誌」を掲げ、年4回刊行されているアート誌で、毎号それぞれのテーマのもとに幅ひろい作品が紹介されています。ドイツ語が読めなくとも、美しく示唆に富むビジュアルをページごとに堪能できます。ぜひお手に取ってみてください。
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Daisaku on Mar 3rd 2009

海だ。生まれて初めて目にしたオホーツクの海。静かに本当に静かに、波が打ち寄せては返す北の冬の海。紋別郡興部(おこっぺ)町、午後5時12分。
稚内行き特急列車を名寄で降り、天北峠を越え湧別、興部へ。かつての名寄本線を辿って走るバスは少し遅れ、興部駅跡のバスターミナルに着いたのは陽も暮れたあと。どうしても今日の海を、初めてのオホーツク海を見たかった僕は、人影もない通りを歩き始めた。風はなく、寒さは耐えられないほどではないが、街を離れたら街灯もまばらになる。暗い雪道とアイスバーンに、小型のマグライト一本では心許ない。しばらくするとタクシーの行灯が見えた。さっそく捕まえて運転手に意図を伝えると、漁港の外れへと車を走らせてくれた。

道端に吹き溜まりのようになった雪に足を取られながら、砂浜の頂上に出る。浜を白く覆う雪。ごく淡く、ようやくそれとわかる水平線の上に、防波堤の突端を示す赤い光が頼りなく灯る。流氷は見えない。しかしこの青い海岸の、深く静かな美しさはなんだ。衝かれたように波打ち際へ、浅瀬へと歩く。遠く見える明かりは港か集落か、岬の先に水平線はすでに判然とせず、空と海の境界は極めてあいまいにぼやけていた。青と黒のグラデーションに染められた世界をさまようように歩く。やがて防水のスノーブーツを洗いつづける波が、芯まで凍る北海の冷たさを伝えて我に帰った。砂浜のスロープをゆっくりと辿って、歩いてきた方角へと戻る。辺りはすっかり夜の帳が降り、漆黒の闇の先に海は見えない。かすかな波の音すら、もう聞こえてはこなかった。
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Daisaku on Feb 28th 2009

旭川を出て30分。ディーゼルエンジンの音は徐々に低く、唸るように響き始めた。車窓の左右に林が迫ってくる。稚内行きの特急列車は、石狩と天塩を隔てる塩狩峠に差しかかっていた。
100年前の今日、1909年(明治42年)2月28日夜。名寄を発ち、旭川に向かっていた上り旅客列車は、塩狩峠の分水嶺で非常事態に遭遇する。最後尾の客車の連結が外れ、峠を逆行して下り始めたのである。乗客としてこの車両に乗っていた鐵道院の職員が気づき、手ブレーキを操作して暴進を防ごうとするが叶わない。刻一刻と加速してゆく客車を止めるため、遂に彼は自ら線路に身を投じ、乗客の命を救うことを決意する―。

彼の信仰や、鉄道員としての使命感が、どれほどの影響を与えたかはわからない。しかし乗客全員を悲劇から救った献身の精神は、いまも多くの人の胸を打つ。乳白色に傾き始めた午後の光がほのかに明るく照らす中、ディーゼル特急は峠を下りはじめていた。エンジン音が力強さを取り戻し、列車はスピードを上げていった。
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Daisaku on Feb 23rd 2009

夜が明ける。日高山脈が太平洋に落ち込んでゆく険しい海岸線に、打ち寄せる波頭が白く浮かび上がりはじめた。ディーゼルカーは酷寒地仕様の二重窓で、レンズをまっすぐ押し当てても車内の明かりが映りこんでしまう。あきらめてデッキへと出る。車端部の激しい揺れに気を使いながら、ドアの窓にカメラを近づける。ズームレンズを広角側に引いて、空と海を大きく画面に取り込む。ファインダーを横切って鳥が一羽。その姿を追って黒い群れが続く。徐々に雲の量感がはっきりと見え始めて、やがて朝日が空に赤みを加えてゆく。
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Daisaku on Feb 19th 2009

しばらく更新が滞ってしまったが、先週、いくつかのテーマを取材するため北海道を訪れたので、今回から数回にわたってその道中記を披露したいと思う。
19時3分。青い寝台列車は上野駅を離れ、1,200kmの道程を静かに辿り始めた。懐かしいオルゴールの音色がスピーカーに流れ、車掌が各駅の停車時刻を読み上げてゆく。札幌駅まで16時間あまりの旅路はいかにも長閑だが、優雅に寝ている暇など私にはない。窓の外に流れる光を追って、北への旅が幕を開けた。
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Daisaku on Jan 21st 2009

昨年末、作品によるカレンダーを自主制作した。
ドイツのアート雑誌 “Schöngeist” に作品が掲載されたところなので、掲載作品も盛り込みたいとカラーの作品の中からセレクトを行った。カレンダーなので多少の季節感を感じてもらえるようにと思いながら選ぶうち、モノクロームの作品に比べて、カラーの作品では季節によるカット数の変化が大きいことに気づいた。秋と冬に撮影された作品の方が、春と夏のものよりもやや多いのである。
大寒の今日、関東地方には昨日の陽気とうってかわって、肌寒い朝が訪れた。空には灰色の雲が重なって寒そうな雰囲気だが、それぞれの雲の下の方には、かすかに紅い光が照り返して見える。モノトーンの連なりの中に、ささやかな色彩が差しこむ様子はとても美しい。あるいは雪の降り止んだ午後、分厚い雲の切れ間から、僅かな時間だけ降りそそいだ夕暮れの煌めき。そういった時に微細な、時にドラマチックな色彩の変化に心を動かされる瞬間は、晩秋や冬に多いように思うのだが、いかがだろうか。
ご紹介しました2009年カレンダーには数に若干の余裕があります。ご希望の方には実費(600円分の切手にて。送料込)にてお頒けいたしますので、contact(アットマーク)oozu.info宛、メールをお送りください。折り返し、切手のお送り先をご返信いたします。カレンダーはA4版、1ヶ月1見開きで作品14点が収録されています。

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Daisaku on Jan 11th 2009

「この雪は、綺麗ですか?」
列車は上越国境への入口、水上の駅に到着する直前だった。ドアの窓から雪化粧をした木々を撮影していた私に、その人は声を掛けてくれた。夜来の吹雪がおさまり、つかの間の晴れ間が訪れた昨日昼のことだった。
土地の人と思しき彼女の、言葉通りではない意味を含んだ問いに、しかし私はうまく答えられなかった。何度聞かれても、いつも、上手に答えることのできない質問だった。越後で、津軽で。陸奥で、夕張で。いつ何処で問われても、私は答えに窮してしまうのだった。
寒冷地に住む人たちにとって、雪や冬の悪天候はその美醜にかかわらず、日々の生活のみならず時に生命をも左右する切実な問題に違いない。江戸時代、越後魚沼に生きた鈴木牧之の著作『北越雪譜』に、次のような一節がある。雪深い地方の激しい吹雪の中でいかに人命が失われるか、事例と絵を交えて描写したのち、
「…雪吹(ふぶき)の人を殺す事 大方(おおかた)右に類す。暖地の人 花の散(ちる)に比(くらべ)て美賞する雪吹と其(その)異(ことなる)こと、潮干に遊びて 楽(たのしむ)と洪濤(つなみ)に溺(おぼれ)て 苦(くるしむ)との如し。雪国の難儀 暖地の人おもひはかるべし。連日の晴天も一時に変じて雪吹となるは 雪中の常(つね)也(なり)…」(初編 巻之上 雪吹 岩波文庫版より抜粋)
私の作品には、冬に雪の降る土地で、荒れた天候をとらえたものが少なくない。鈍色の冬空を見れば、心がどうしようもなく北へと向かうのは、温暖な大阪で生まれ育ち、いま東京に暮らす自分には馴染みのない、一見ひとを寄せつかせないような北国の冬の風景に惹かれているからなのは間違いがない。
その陰翳の中にあたたかさがあり、その海に、田畑に、山林にそして雪に、日本の暮らしが支えられていることを、私は知っている。寒地の辛苦をわかちあうことはできなくとも、なぜ撮るのかと問いかける人の気持ちを、思いはかることのできる自分でいたい。だが、こうしてふと、その問いを投げかけられるとき、私はやはり戸惑いを隠せない。上手な答えなどありはしない。白い世界の底を進む列車の中、伝えられなかった思いが心の片隅に残り、やがて雪片とともに宙を舞ってゆく。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
私の作品が、ドイツのアート雑誌の表紙を飾ることになりました。よろしければご覧ください。
“Schöngeist” Ausgabe 19 (2008年冬号) Apodion Verlag 刊

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Daisaku on Sep 16th 2008

旅の終わりにはいつも、寂しさと安堵が心のなかに折り重なる。東へ向かう列車の車窓から大きな湖が見えなくなった頃、遠く稜線の上には夕暮れに照らされた雲が踊った。しかしそれもわずかな間で、つるべ落としに暗くなってゆく宵闇の色が秋の到来を告げていた。
列車は小さな駅に停まった。通過待ちのためしばらく停車するという。プラットフォームに降りると、いっせいに虫の声。ほどなく閃光が近づき、光の帯となって向こう側の線路を駆け抜けてゆく。さて、と列車に戻ろうとして振り返ったその時、東の空にかかった月の姿が僕の視線を奪った。
群青色の薄暮の中、わずかに紅く、わずかに満たされないまま、十三夜の月が刹那を凍らせていた。
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Daisaku on Sep 11th 2008

あれは小学校の夏休み、毎日のように通ったプールの帰り道。家の近くまで来た僕は、ふと空を振り返った。
かみなり雲がもくもくと聳え立つ空。昨日と何ひとつ変わらないような昼下がりの夏の空。でもそのとき僕は、何故かその光景に違和感を覚えた。夏休みそのもののような青い空、毎日そこにあって当たり前のように思っていた景色と、その日は何ごとかが決定的に違うように思ったのだ。
いったい何が違っているのか、探しても手がかりは見つからない。空はいつもの夏空で、雲はいつものかみなり雲だった。空の方に違いがないのなら、変わったのはそれを感じる自分の方だった。そう気づいた瞬間、小学生の僕は、自分が何かもう戻ることのできない橋を渡ってしまったことを知った。
年が過ぎれば季節はまた同じように巡り来るけれど、今年の夏は決して去年の夏ではなく、今歩いている自分は去年の、昨日の自分ではないのだった。永遠に続くように思えた夏休みにも、いつか終わりがやってくる。いまは子供の自分も、いずれ子供ではなくなってゆく。何ひとつ変わらない夏の空なのに…何ひとつ変わらない夏の空だからこそ、僕は知らされたのだった。時は流れ移ろい、そうして限りある時間の中に、自分もまた生きているということを。
列車は午後の時間の中を進んでいた。車窓には遠く秋の色を帯びはじめた夏空と、形を失いかけたかみなり雲が映る。無邪気に過ごした少年の日々と訣別し大人へと一歩を踏み出したあの日から、もう幾度めの夏。今年も忍び寄る秋の気配の中、もう少しの間だけ夏の光を感じていたかった。

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